運命なんてそんなものだ

毎日のように通ううちに、同じ通りの同じ場所に駐車されているポルシェが気になるようになった。それは他のパリのクルマたち同様に埃だらけであり、無造作に片足を歩道に乗り上げて停まっていた。

それが停まっていないときは、どうしたのだろう、と気になるようになった。タルガ、という変わったモデルだったこともあって、威圧感が少なかったのだろう。僕はいつの間にかそのクルマを擬人化、いや自分自身を投影して見ていたような気もする。

撮影のことはあまりよく覚えていない。演出家にいくら演技指導されても、ちっともうまくできなかったし、ピアノを弾くシーンがあって、そのためにキャスティングをされたはずなのに、それもちっともうまく弾けなかった。

若い共演者やスタッフたちがずっと年上に見えた。いつも小さくなっている感じだ。なんだかあのクルマのように……。

2か月を終え、帰国して早々、知り合いの中古車屋から電話がかかってきた。安いポルシェがあるんだよ。買わないか? と。

興味本位だけで見に行って驚いた。パリにいたポルシェと色形まで全部一緒だったから。安いだけあってかなりのガタピシだったけれど、もちろんそれから一緒に暮らすことにした。

運命なんてそんなものだ。

※本稿は、『車のある風景』 (JAF Mate Books)の一部を再編集したものです。

車のある風景』 (著:松任谷正隆/JAF Mate Books) 

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