そんなときに思い出したのは夫のこと。
彼の爪はあたしが切った。あるとき、かがめなくて足の爪が切れないと言ったのだ。歩けなくなってほとんど車椅子だった頃で、それでも弱音を吐くなんてめったになかったか ら、なんかいいなあと思って、やってあげると言うと、すなおに足を差し出したが、どの指も変形して、親指はものすごい肥厚爪。発酵しすぎた糠床とか巨木の切り株とか、そういう連想を次々にしたくなるモノだった。
あたしは彼の足を抱え、ぬるま湯に浸けてふやかし、大小の爪切りでつまみ切ったり押し切ったり、ヤスリでこすったりして、夫の爪と格闘した。
足の爪のことを考えていたら、母のことも思い出した。「巻き爪ができたんだよ」と母は何度も言っていた。「痛いのよ」とも言っていた。医者に行ってどうにかしてもらったんだと思う。まだ元気だった頃だ(数年後には寝たきりになった)。
あたしもいずれそうなるんだろう。
カリフォルニアにいたときには、かかとがひび割れていた。シャワーしかなくて、空気が乾燥していたせいだと思う。今はちゃんとお湯に浸かって軽石でこする。そもそも湿気があるから、ひび割れることはない。
でもこの頃は、足を人に見せるってことがないのである。だからほったらかし。かかとや足の爪を、お風呂で丹念にみがき立てることもない。だって誰にも見せないんだもん。