ところで私は、父上・元正師のご令弟・元昭師と大学は異なるものの同学年、同じ中世文学の教授についていたので顔見知りだった。梨園の御曹司とはひと味違う貴公子ぶりに憧れていて、ご兄弟が直面(ひためん)で勇壮に舞う『龍虎(りょうこ)』などを拝見したが、中でも私が最も心惹かれた曲は、元正師の『天鼓(てんこ)』だった。

少年天鼓の打つ鼓の音色の噂が時の帝の耳に届き、鼓を召し出すよう命じられるが、天鼓は鼓を深く惜しみ抱き隠れたので、その身は呂水に沈められ、鼓は帝の手に渡る。しかし誰が打ってもまったく鼓は音を発さない。

私はハッとして、『義経千本桜』の狐忠信の鼓がいっとき音を止める件はここから来ているのかと……。

――そうですね。これ、歌舞伎の戯作者の教養の高さですよね。昔はお能は限られた環境での上演でしたので、どうやって取材したのかと思います。『勧進帳』にしても『船弁慶』にしても能を題材にしているのですが、その様式美のエッセンスをよく発展させて歌舞伎に作り上げたものだと思います。

『天鼓』の後シテは少年天鼓の霊ですが、前非を悔いた皇帝が呂水のほとりで供養をすると、天鼓が現れて楽しげに鼓を打って消え失せる。地獄に落ちた人間でも、その人が生きていた時の一番輝いていた瞬間をもう一度舞台で花咲かせてあげる、という作者・世阿弥の優しさです。