今尾さんは、市役所と町村役場の地図記号について「どうにも起源がわからない」と言っていて―― (写真提供:Photo AC)
地図を読む上で欠かせない、「地図記号」。2019年には「自然災害伝承碑」の記号が追加されるなど、社会の変化に応じて増減しているようです。半世紀をかけて古今東西の地図や時刻表、旅行ガイドブックなどを集めてきた「地図バカ」こと地図研究家の今尾恵介さんいわく、「地図というものは端的に表現するなら『この世を記号化したもの』だ」とのこと。今尾さんは、市役所と町村役場の地図記号について「どうにも起源がわからない」と言っていて―― 。

起源は不明、◎市役所、◯町村役場

◎印が市役所の記号であることは広く知られているようだ。現行の地形図だけでなくネット上の地図でも同様のものが多い。町村役場は○印で、これは政令指定都市の区役所にも用いられている。ただし東京都の特別区は市役所と同じ◎印だ。

Chiyoda Cityなどの英語表記を引くまでもなく、市と同じように区議会を持ち、区立小中学校を運営し、その区長は区民による直接選挙で選ばれるから、◎印がふさわしいとの判断だろう。

ところで、なぜ役所が◎や○印なのだろうか。湯気をイメージした温泉記号や逓信省のテの字とされる郵便局と違って、どうにも起源がわからない。そもそも○印はきわめて単純な記号なので、地図に限らずいろいろな場面に用いられている。たとえば多くの情報から特定のものを抽出したいとき、あるいは何らかのモノを強調したいときなど、これまで多用されてきたと思われる。

ところで日本人が○を付ける場面で、欧米人は×印を書くことが多いのはなぜだろう。たとえばホテルのフロントで町の地図に書き込む際など、彼らは目的地に躊躇(ちゅうちょ)なく黒々とバッテンを書く。

私はこれを目の前でやられると少し抵抗を覚えるのだが、やはり日本ではバッテンを否定的な意味で用いることが多いからだろう。これに対して正しいこと、尊重すべきものには○を付けてきた。わかりやすい例が学校の試験で、正解には○が授与され、誤答に対しては容赦なくバツ(罰?)が与えられる。

思えば日本では明治以来「お役所主導型」で国運を盛り上げてきた伝統があるだけに、お手本とすべき場所、正しいことが行われる場所が役所である、という発想なのかもしれない。もっとも賭け麻雀が発覚して職を追われる類のメンバーが、いつの時代も○印の中に若干含まれているのは世の常だが。

欧米の地形図で○印を探してみたが、あまり見つからない。ドイツの地形図ではごく小さな○を「煙突」、または「塔状の建物」に用いている。中世の市壁の要所に建てられた塔などを思い浮かべれば納得できるが、上から見た形だろう。

オーストリアでは小さな○を規則的に並べて「果樹園」を表現している。リンゴなど丸い果物のイメージだろうか。