母代わり

その人生のいろんな局面で、紫式部は、「いま、ここに母がいたら、どうするか。どう言うか」と考えたはずです。

母の不在―幼児期に覚えたその喪失感は、計り知れないほど重く、大きかったろうと思います。

『紫式部の言い分』(著:岳真也/ワニブックス【PLUS】新書)

一つか二つしか歳のちがわない姉は、紫式部にとって、母代わりとなるような存在でした。何でも話せる相手であり、ときには甘えることも出来たでしょう。

その姉はしかし、紫式部が二十歳(はたち)を少しすぎたころに、亡くなってしまいます。

心臓麻痺のようなかたちで、ふいに不幸に見舞われたのか、流行(はやり)の疫病にでもかかったのか、原因は不明です。が、突然死であれ、病気になり、徐々に衰えていったとしても、紫式部の哀しみは、相当に深かったにちがいありません。

幼い時分に祖母と母を失い、少女期をともにすごし、ずっと頼りにしていた姉とも死に別れたのです。

「これから、ひとりぽっちで、どうやって自分は生きてゆくのだろう」

思い悩み、打ちひしがれた紫式部の姿が、眼に浮かぶようではありませんか。