就職しなかった人の場合

また、貴族の娘であっても后妃や女官など公的な立場になかった人は、いわば社会人ではないので、*子型の名前を持たなかった可能性が高い。

たとえば『落窪物語』には「あこき」という、ヒロインを助ける若い女房が出てくる。

実在の人物では、藤原兼家の異母姉妹で、醍醐天皇皇子の左大臣源高明と結婚した愛宮(あいみや・あいのみや)という姫君がいる。彼女も幼名が通称になった可能性があるだろう。

『源氏物語』「玉鬘(たまかずら)」巻では、源氏のかつての恋人である夕顔の忘れ形見の、通称「玉鬘」という少女が九州から上京して初瀬(奈良県の長谷寺)に参籠する。

そのとき、元・夕顔の侍女で今は光源氏に仕える右近という女房が、観音に玉鬘の無事を祈願しているところに出くわす、という場面がある。

このとき、右近は彼女を「藤原瑠璃君(るりぎみ)」と呼んでいる。この「瑠璃君」もおそらく幼名だろう。