二つの技術的課題

一番の問題は、長期保存できるように、麺をどうして乾燥させるかでした。

ある時、研究小屋から出てきた百福が台所に入っていくと、仁子が夕食の天ぷらを揚げていました。小麦粉の衣がついた野菜を油の中に入れると、ジューと音を立てて水分をはじき出しています。浮き上がってきた時には、衣の表面にはぽつぽつと無数の穴が開いていました。

「ひょっとして……」

百福の好奇心に火がつきました。

「天ぷらの原理を応用すればどうだろう」

百福は仁子をわきへ押しやって、麺を一本、二本と油の中に放り込みました。いったん沈んだ麺がパチパチとはじけては浮かび上がってくる様子を、飽きもせずに眺めていました。水と油は相いれない。そんな当たり前の物理的特徴に気が付いたのです。

チキンラーメンを開発した研究小屋(カップヌードルミュージアム大阪池田)(写真:『チキンラーメンの女房 実録 安藤仁子』より)

まず、麺を油で揚げると、麺に含まれる水分がどんどんはじき出されます。ほぼ完全乾燥の状態になった麺は、半年たっても腐敗したり変質したりすることのない保存性を手に入れました。また水分の抜けた麺の表面には無数の穴が開いていて、熱湯を注ぐとそこからお湯が吸収され、三分以内に、もとの柔らかい麺に戻るのです。

油で揚げることによって長期保存でき、しかも食べる時は簡単に調理できるという、二つの技術的課題を同時に解決してしまったのです。偶然がすばらしい発見に結び付きました。これこそ、のちに麺の「瞬間油熱乾燥法」として特許登録され、インスタントラーメンを世界中に普及させていく基礎技術となったのです。