大変な男と結婚してしまった

吉村は「ペテン」と題した随筆にこう記す。

〈結婚したらばこちらのものだし、その上で徹底的に教育してやればよいのだ、と私は彼女の言葉など眼中になかった。〉(『味を追う旅』河出文庫)

吉村は世話女房との結婚を切望していた。そのために気難しさも、ものぐさであることもすべて隠し通した。結婚してしまえば、と考えていた。

一方の津村にしてみれば、大変な男と結婚してしまったという思いだろう。

どこかですり替わったのではないか、と津村は『さい果て』に書いているが、すり替わったのは風貌だけではない。流浪の旅の果てに、ここで死んでしまおうかと言うに至るまでの心の動きが、津村の自伝的小説にある。

〈章子は放浪の旅の間に、この男に添う限り、決して平穏な家庭生活は望めぬだろうということを、骨身に浸(し)みて思ったのだった。それと同時に、そんな旅の間中、常に充ち足りた嬉しげな様子をしていた桂策と、ただ一日も早く帰京してアパートに落着きたいと思い暮していた自分との相違を、嫌と言うほど感じさせられた旅でもあった。〉(『重い歳月』文春文庫)

求婚が激しかっただけに裏切られたような気がしたという記述もある。