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父親による性虐待、母親による過剰なしつけという名の虐待を受けながら育った碧月はるさん。家出をし中卒で働くも、後遺症による精神の不安定さから、なかなか自分の人生を生きることができない――。これは特殊な事例ではなく、安全なはずの「家」が実は危険な場所であり、外からはその被害が見えにくいという現状が日本にはある。 何度も生きるのをやめようと思いながら、彼女はどうやってサバイブしてきたのか?生きていく上で必要な道徳や理性、優しさや強さを教えてくれたのは「本」という存在だったという。このエッセイは、「本」に救われながら生きてきた彼女の回復の過程でもあり、作家の方々への感謝状でもある。

第21回「虐待されて育ち、自分が母になるのが怖かった。産後から始まった元夫のモラハラ。里帰り出産もできず、孤独な育児は心身を蝕んだ」はこちら

理不尽に抗う瞬発力がない

はじめての育児に疲れきり、満身創痍のところに重なるように降ってきた元夫からのモラハラ。言葉の暴力もDVの一種なのだと、この当時の私は知る由もなく、痣の残らない痛みに一人呻いていた。

理不尽な痛みは黙って耐えるもの。過去、両親から受けた長年にわたる虐待の余波から、歪んだ価値観がこの身に染み付いている。虐待の後遺症は、フラッシュバックや悪夢、心身に起こる不調にとどまらない。怒るべき場面で瞬時に異を唱える。耐える必要のない屈辱から逃げ出す。そういう力が、根本的に欠落している。すると、結果的に同じ被害が繰り返される。DVもモラハラも、相手が強く抵抗してこないことを見抜いた上で横暴な態度が加速する。

虐待被害者が結婚後にDV被害者になることは、さして珍しいことではない。「なんでそんなことを言われてまで我慢するの?」と周りが思うようなことが、機能不全家族のもとで育った人間にとっては日常だったりする。私自身、元夫からの暴言に悩みこそすれ、心のどこかでずっと思っていた。“昔に比べれば今は天国だ”、と。

日常的に殴られることも、煙草で焼かれることも、髪の毛を抜かれることも、定規を振り下ろされることもない。父親が忍び寄る足音に怯えることもなく、酒と煙草が混ざった口臭に耐える必要もない。彼らの暴力に比べれば、元夫のそれはまだかわいいものだ。そう思えば、大抵のことは耐えられた。

相談する相手がいれば、また違ったのだろう。だが、私にはそういう相手がいなかった。耐えるべき痛みと、そうではない痛み。その区別がつかないまま大人になった私は、すべての基準が「昔に比べれば」の一択で、父よりははるかに人間らしい元夫との暮らしを維持することだけが正解なのだと思い込んでいた。