あふれた本音

ニュースで母親による虐待死事件が報道されるたび、元夫は顔をしかめて「こんな親は人間じゃない」と言った。子どもを産むまでは、私もそう思っていた。でも、毎日まともに眠れず、ゆっくり食事をとることもできず、授乳があるため美容院に行くことすら叶わない日々が数ヵ月続く中で、正気を失う瞬間は誰しもあるのではないかと考えるようになった。

「限界、だったんじゃないかな」

ぽつりと呟いた私の言葉に、元夫は“信じられない”という顔をして反論した。

「限界ってなに?子育てが大変だからって、普通自分の子どもを殺す?そんなわけないじゃん。そんな奴は最初から子どもを産まなきゃよかったんだよ」

疲れ果てて、助けてほしくて、でも助けを求める人がいなくて、ようやく悲鳴を上げたところでそんな風に言われるから、思いあまって道を踏み外してしまう人がいるかもしれないと想像することは、そんなにも難しいことだろうか。

「毎日1時間おきに起こされる生活を、何ヵ月も続けたことある?」

堰き止めてきたぶん、溢れたら止まらなかった。

「トイレに行くだけで大泣きされるから、お腹が痛い時は抱っこした状態で便器に座って。忙しい合間をぬってどうにか食事を作っても、いざ食べようとすればなぜか泣き出すから、食べられるのはいつも冷めたご飯で。朝も昼も夜も1時間おきに泣くから、まとまって眠ることができなくて。疲れが取れない状態で朝がきて、夜になってそっちがぐっすり寝ている間も私はずっと1人でこの子を抱いてゆらゆら揺れていて、寝たと思って布団に下ろしたらすぐにまた泣き出すから横になることさえできなくて。そういう毎日がずっと続いて、『ちょっと代わって』と頼める人もいなくて、熱があってもぎっくり腰になっても腱鞘炎になっても脂汗を流しながら抱っこして、それ全部『お母さんなんだから』って言われるんだよ。限界にもなるでしょう」

気づいたら私は泣いていて、元夫は驚いたような顔でしばし私を見つめたが、すぐにいつもの平坦な声でこう言った。

「俺には仕事があるんだからしょうがないじゃん。そっちが俺と同じ給料を稼いでこれるんなら、いつでも育児代わってあげるけど」

届かない。どう足掻いても、どんなに必死に伝えても、この人には届かない。それを悟った瞬間、発作的に家を飛び出した。背中から追いかけてくる長男の泣き声にまで、責められているような気がした。