鬼から慈母へ

仁子は日清食品の新しい工場ができた時や、家族の家が建つたびに安全祈願の観音様を祀りました。そして自ら入魂の儀に立ち会い、定期的なお祈りを欠かしませんでした。

宏基によると、「父は宗教を信じない自分教の人で、息子の私も無神論者だった。せっかくの母の思いはなかなか通じなかったが、いまに至って思えば、経営が順調で、工場事故も少なく、家族が健康なのは母・仁子の見えざる祈りの力があったと感じている」というのです。

「私は慈母に守られている」と。

とうとう鬼が慈母になったのです。

仁子は生前、百福と宏基が親子そろって信仰心がないので、「安藤家はもう終わり」と嘆いていました。ところが、孫の徳隆(宏基の長男)が二十歳になった時、「成人のお祝いに何がほしい?」と聞くと、「毘沙門天(びしゃもんてん)の仏像がほしい」と言うので、たいそう喜びました。

毘沙門天は仏教の四天王の一つで、勇ましい武神としてあがめられています。さっそく彫り師に仕上げてもらい、入魂をすませた仏像をプレゼントしたのです。以来、徳隆はこれを自分の守り本尊として大切にしているのです。