延命治療
ちょうど私が日記にこのロスの小説の一節を書き写していた時に、父が入所していた施設から、急病でこれから救急車で病院に搬送するという連絡があった。
夕方から父の意識レベルが低下したというのである。急いで深夜に病院に駆けつけた。
当直の医師が、延命治療はどうするかと私にたずねた。そんなことをたずねられるほど父の容体がよくないのかと動揺した。
父とは延命治療について話をしたことは一度もなかったので、私はロスよりも難しい立場にいた。私が自分で判断しなければならなかったからである。
若い医師が仏教でいう阿頼耶識(あらやしき)を持ち出して「最後まで生は残りますよ」ということに驚いた。私は彼に「穏やかに着地をする援助をしてほしい」といった。
その日はもう帰れないかもしれないと思っていたが、入院することが決まり、少し落ち着いたので、早朝に家に帰ることができた。4時くらいだった。
私はロスが父にささやいた言葉を思い出した。そして、私ならきっとこういうだろうと思った。
―“Dad, I can’t let you go.”(父さん、あなたを行かせるわけにはいかない)
東の空に昇り始めた赤い三日月を見ながら、なおも迷った。