結局「大人の常識」とは

こうして見てくると、私たちがモノを見たときに、最初に口にする単語は、モノの名前に相違ありません。そしてさらに言うなら、モノの名前はモノの名前でも、上位カテゴリーの名前でもなければ、下位カテゴリーの名前でもない、その中間のレベルのカテゴリーの名前であることがわかります。

この中間レベルは「基本レベル」と呼ばれます。

「ヒツジ」「ウマ」「キリン」は皆、この基本レベルのカテゴリー名です。同じ名前で呼ばれるモノどうし(たとえば、「ヒツジ」と呼ばれるモノどうし)は、互いに形がよく似ていて、一目でそれとわかります。同時に、「ヒツジ」対「ウマ」のように異なる名前で呼ばれるモノどうしの違いも一目でわかります。

このように「大人の常識」とは、モノを指し示して単語を言うときは、基本レベルのカテゴリー名を言う、ということだったのです。学習者の側にまわれば、誰かがモノを指して何か単語を言ってくれたら、その単語はそのモノの基本レベルのカテゴリー名だと考える、ということなのです。

だから大人には、チワワに対して教えられた「ワンワン」を動物一般に使う、といったことが少しヘンに感じられるのです。

しかし子どもにしてみれば、そんな常識は知りません。それで、真正面から取り組み、いろいろ試してみているだけなのです。

それにしても、一つ一つの単語で、こうやっていろいろ試していたのでは、話せる単語の数がなかなか増えていかないのも確かに仕方ないような気がします。

※本稿は、『赤ちゃんはことばをどう学ぶのか』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。


赤ちゃんはことばをどう学ぶのか』 (著:針生悦子/中公新書ラクレ) 

東京大学で認知科学や発達心理学の研究に従事する著者は、赤ちゃんの「驚き反応」に着目するなどして、人がことばを学ぶプロセスについて明らかにしてきました。子どもはラクラクとことばを覚える「天才」? 赤ちゃんは耳にした「音」をどうやって「ことば」として認識する? 生まれた時から外国語に触れていたら、誰でもバイリンガルになれる? 本書を読めば、赤ちゃんの無垢な笑顔に隠れた努力に驚かされること間違いなし!