(撮影:本社写真部)

 

 

 金額面で無理をすれば長く払い続けることができないし、車を持っていないから公共交通機関を使って通える場所でなければ困る。

 アクティビティが充実していたところで時次郎の状態では参加できそうにないのだから、そこは切り捨てたっていい。

 でもこれらはすべて、明日美の都合だ。施設を利用する当人の意志など、少しも反映されてない。

「しょうがないじゃない。意思決定ができるのは明日美だけなんだし、お金を出すのも、労力がかかるのも明日美でしょ。私だって子供のためを思えばもっとカリキュラムの充実した園に入れてあげたかったけど、そうもいかない事情があるのよ」

 タカエにそう言われ、時次郎はもはや自立した大人ではなくなってしまったのだと思い知る。

 責任を負う代わり、自らの頭で物事を考えて、選び取れるのが大人の利点だ。生まれついた環境に左右されてしまう子供とは、決定的にそこが違う。自分のいるべき場所は、自分で決めることができる。

 でも時次郎は今や、要介護の老人だった。自力では寝返りを打つことすらできず、「ここから出してくれ」という願いも聞き入れられない。周りにいる大人の都合に振り回されるという点では、子供と同じである。

 それがつまり、老いるということ。明日美の選択次第では、時次郎に地獄を味わわせることだってできる。

 介護放棄もまた、ネグレクトだ。

 

 丸椅子の上で脚を組み替えて、明日美は時計を確認する。

 面会時間には、二十分までという制限がある。すでに、その半分が過ぎていた。

「お父さん」と、呼びかけてみる。細い血管の浮いた瞼が、ぴくりと動く。

 だが、それだけだった。

 目が覚めたところで、まともなコミュニケーションは望めない。起こしてなにを言うつもりだったのか、自分でもよく分からなかった。

 手に持っているスマホの画面には、色柄豊富なまねき猫。明日美もまた、こっちにおいでと招かれたのかもしれない。

 ――そろそろ、覚悟を決めないとね。

 一昨日の夜、求の口からキョウヤの事情を聞かされた。

 キョウヤは、大学三年生。就職活動はとっくに始まっており、休み明けには企業の秋季インターンシップに参加する予定らしい。

 学業との両立を考えれば、就活に有利に働きそうにないアルバイトなど、している場合ではないのだ。

「あいつ、奨学金を満額借りてるからさ。就職でトチるわけにいかないんだよ」

 だったらこの夏休みも、大事に使いたかったはず。

 自分のことで頭がいっぱいで、明日美には周りが見えていなかった。

「それからアンリも、パチ屋とのダブルワークはやっぱりキツいって。親の借金抱えてるから、時給のいいパチ屋は辞めたくないってさ」

 求と同じく、キョウヤやアンリも時次郎に恩があると言っていた。ならばその家庭環境は、推して知るべしだ。

「そっか、分かった。無理はしてほしくないもんね」

 もう、充分だ。彼らにも余裕があるわけじゃないのに、「まねき猫」の危機を救おうと、こうして集まってくれた。

 これ以上、若い二人の時間を奪ってはいけない。時次郎だって、そんなことは望まないだろう。

「でもそうなると、アルバイトを募集しなきゃなんねぇだろ」

 時次郎に世話になったかつての子供たちは他にもいるが、住まいが遠方だったり、定職に就いていたりで、都合がつかないという。

 昼と夜一名ずつの労働力は、早急に確保しなければならない。

「そうだね。人を入れないとね」

 だが新たに人を雇わなくても、この問題を解決する方法ならある。明日美が、コールセンターを辞めればいいのだ。

 ついでに笹塚のアパートを引き払い、名実共に「まねき猫」の店主となる。そうすれば、ひかりや求の負担だって減るはずだ。