ピアノも好きなときに好きなだけ弾けますし、と話は続く。実は陽子さんは、若き日に音大のピアノ科を目指していた。家庭の事情であきらめざるをえなかったという悔しさから、ピアノへの情熱を封印していたのだという。今はお茶休憩をはさみながら、一日5時間弾くこともある。

「自由な暮らしのなかで、自分と向き合う時間ができました。私はどういう人間で何を望んでいるのか……。

その結果、『自分の心に正直に生きてみたい』と思っていることに気づいたのです。“良き妻”であろう、と長い間世間体を優先して生きてきましたが、今は、誰かに『夫を老人ホームに入れてピアノだなんて』と非難されたって、気にしません。私は私なのだもの。

もちろんピアノはあくまで趣味の域。でもせっかく訪れた、悔いなく生きるチャンスを無駄にしたくありません。本気で取り組み、自分のできるところまでは到達したいと思っています」

溌剌とした笑顔が印象的だった。

 

夫亡きあとに与えられた、神様からのプレゼント

一人になって自分の世界に癒やしを求める陽子さんとは対照的に、夫の死後、外に広がりを見出してご機嫌な人生を送っている人もいる。

和歌山県在住の三宅加奈子さん(70歳・仮名)は、意気揚々と「氷川きよしさん命です!」と切り出し、ここに至るまでの経緯と、「弾けまくってます!」と自ら認めるおひとりさまライフの全貌を語ってくれた。

「夫は10年前に胃がんで死にました。1年くらい介護してたんやけど、私にしたら夫が元気な頃のほうが苦労が多かったんです。亭主関白を絵に描いたような人で。殴る蹴るはなかったけど、『気の利かない女』『ボケ! カス!』と言葉の暴力がひどかった。

私がしょっちゅう泣いてたもんで、小学生だった息子に『いつ離婚するの?』と訊かれたことも。そんなだから夫が死んでも悲しみはなかったけど、なんや手持ち無沙汰になってしもうて、ボンヤリしてたんです」

そんな折に、加奈子さんがデビュー当時からの氷川きよしファンだと知っていた娘に、一緒に大阪公演へ行かないかと誘われた。

「行ってみたら、もう夢見心地のめくるめく世界。自分は今、氷川さんと同じ空間にいるんやと興奮して倒れそうになりました。気ぃ失ったら損やから、持ちこたえたけど(笑)」