母がその場にいたならば

家族葬の終わりに、祭壇に置かれた母の遺影に向かってひとりひとりが焼香をする段取りとなった。一番手前に座っていた海外育ちの息子は焼香のやり方がわからず棒立ちとなり、夫に至ってはカトリックと仏教が入り混じった不思議な儀礼に戸惑いを露わにしたまま、見よう見真似で香を摘んでいた。

葬儀が終わったあと、異文化圏の人間と国際結婚しているということを今さらながら痛感したとぼそりと伝えられ、思わず笑ってしまった。母がその場にいても、息子と夫のしどろもどろな様子を前に、「やあねえもう」などと呆れながら笑っていただろう。

ちなみにリョウコは、水星から海王星まですべての惑星が空に現れるという期間に亡くなった。巷では惑星パレードと名付けられていたらしい。寿命の3倍は生きたようなバイタリティあふれる母にもってこいの、賑やかな夜空だった。

【関連記事】
ヤマザキマリ「なぜ外国人旅行客はTシャツ短パン姿なのか」と問われ、あるイタリア人教師を思い出す。観光客ばかりナンパする彼が言っていた「愚痴」とは【2023年間BEST10】
ヤマザキマリ『テルマエ・ロマエ』映像化で出版社と家族の板挟みとなり病院に運ばれて。「出版社が自分の漫画で何を企もうと仕方がない」風潮は今変わりつつある
ヤマザキマリ「長い海外生活で『日本の何が一番恋しくなりますか?』という質問に『デパ地下』と答える理由。イタリア人の夫も地下天国に取り憑かれて」

歩きながら考える』(著:ヤマザキマリ/中公新書ラクレ)

パンデミック下、日本に長期滞在することになった「旅する漫画家」ヤマザキマリ。思いがけなく移動の自由を奪われた日々の中で思索を重ね、様々な気づきや発見があった。「日本らしさ」とは何か? 倫理の異なる集団同士の争いを回避するためには? そして私たちは、この先行き不透明な世界をどう生きていけば良いのか? 自分の頭で考えるための知恵とユーモアがつまった1冊。たちどまったままではいられない。新たな歩みを始めよう!