人生で最も忙しかった時代

「このまま練習をしていけば、プロボクサーにもなれるのでは」。

『努力は天才に勝る!』 (著:井上真吾/講談社現代新書)

とはいえ、ボクシングに専念できる環境ではありませんでした。すでに尚弥は生まれ、弟の拓真もお腹の中でした。

「明成塗装」を立ち上げ、若輩ながら親方として奮闘していた時期でもありました。仕事と家庭のバランスを考えるのもやっとこさであるのに、さらにボクシングも加わるのです。

今振り返るとこの時期が最も忙しかった時代でした。

早朝から現場に出て、職人さんが帰った後も現場で働き、車を走らせ、協栄町田ジムで練習する。帰宅すると子どもたちはもう寝ています。長女の晴香の天使のような寝顔を見つめ、翌日の活力を養いました。

20歳で独立し、誰よりも働きました。ガムシャラになって働くことでいずれゆとりが生まれることを夢に見て、刷毛を握り、マスキングテープを貼っていました。

当たり前のことですが、働けば働くほどボクシングに割く時間は減るものです。納期が迫れば、残業をし、ジムに行けない日も続きます。

それでも強くなりたいと願い、時間を見つけては練習をしていました。野球選手を目指す少年が、自宅の庭先で素振りをするように自分も練習を繰り返していました。

振り返ってみると、練習の時間が限られていたからこそ、徹底して基礎が身についたのだと思います。練習時間が多くとも基礎をおろそかにしていては強くなることはできません。ジムで中村先生から教わったことを思い返しながら、一人で練習をすることで、身についた気がします。