僕も父さんとボクシングを一緒にやりたい

いつものように休日に一人で練習をしていたときのことです。

対戦相手をイメージし、虚像に向けてジャブを放つ、シャドーボクシングの練習をしていました。相手のジャブが返ってくるので、バックステップし、すかさずステップインとともにジャブを放ちます。トレーニングウエアが汗で湿ってきたときでしょうか。誰かの気配を感じたのです。

「僕も父さんとボクシングを一緒にやりたい」。

6歳の尚弥が自分にそう語ってきた瞬間でした。そのときのみぞおちのあたりをぐっとつかまれたような衝撃を今でも覚えています。

尚弥は御多分に洩れず、仮面ライダーや戦隊ヒーローが大好きな男の子でした。縁日で買った仮面ライダーのお面をかぶってはテレビの中のヒーローごっこをしています。晴香に向かってライダーキックをし、三倍くらいに返されています。二つ下の弟の拓真は、とばっちりを受けないように母親から離れません。

幼稚園児の尚弥の横で自分はシャドーボクシングをしていました。尚弥の目にはテレビで観る特撮ヒーローと自分が重なっていたようです。

「父さん、強くてかっこいいな」。

自分のシャドーをじっと見ているのです。

小学校にあがった尚弥の中でひとつの決断があったようです。早めに仕事を上がれた平日の夕方、子どもたちを連れて近くの公園へ遊びに行きました。

晴香は一目散にブランコへ、いつもなら尚弥も一緒に駆けて行くはずなのに、自分の近くから離れません。自分はストレッチを終えて、ステップの練習をしていました。

「んっ、どうした。お姉ちゃんと遊ばないのか」。

尚弥は小さい身体を揺らしながら、自分に寄ってきました。

「僕にもボクシングを教えてよ」。

そう語ったのです。尚弥は意思表示をしてきました。まだ小さいので言葉は乏しいですが、表情や目を見れば本気で語っていることは伝わってきます。幼くとも人格を持った一人の人間なのです。6歳の少年でも自分で決定を下す意志を持っているのです。