特に演劇好きでもなかった長塚さんだが、なぜか早稲田大学では演劇科を選んでいる。

――あんまり人が行かないようなところに行っただけ(笑)。将来の仕事なんかとは関係なく、ちょっと毛色の変わった学部に行ってみようかなと、衝動的に。

でも演劇科を選べば当然のように学生劇団に入ることになるんで、まずは「木霊(こだま)」に入って、入学1年目の夏にゴーリキーの『どん底』。いきなりあの大きな大隈講堂の舞台に立ちました。

役はペペルという盗賊。暴れん坊のボス的存在なので、演出の上級生から「大声を出せ」って言われて、もうやたら大声出してドタバタやってましたね。

じきに自分たちの劇団を作って、ジャン・コクトーの『ルノーとアルミード』という、耽美主義的な詩劇とか、ピランデルロの『エンリコ四世』とか、ベケットの『勝負の終わり』とかをやりました。僕が身に染みて演じたのはやっぱりベケットでしたね。

 

熱い思いもなく選んだ演劇科で、すぐにベケットまで到達したところがやっぱりすごい。やがてその勢いはパリ留学へと。

――大学がストライキに入ったりして、身の振りようがなくて、どこか遠くへ行きたい、と思った。それで2年ばかり外国へ行かせてください、って父親に。父は大学に行ってないし、もちろん海外留学なんて思いもよらない。

よく仕送りを引き受けてくれたなと思いますね。パリではまぁギリギリの暮らしでしたけど、若い時は苦になりませんでした。

ソルボンヌ大学への直接の入試というのはないですが、その前にバカロレアという大学入学資格試験があるんです。それに通ったんで、僕はソルボンヌ大学のあちこちの授業に首を突っこんで、また同時に語学系の学校にも通って。2年のはずが結局6年いましたかね。

フランス語は早稲田で第二外国語として勉強しただけです。パリ行きが決まった時、レコードを買ったりして集中的に勉強したのがずいぶん捗ったという気はするんです。自分でも割と耳が良いほうだと思うので、耳からですよ。体系的に勉強したんじゃなくて。

フランス語は性別とか格の変化とかあって難しいけど、でも明快で、数学的に全部説明がついちゃうところがいいんです。逆に英語は少し単純な分だけ、意味の伝え方とか捉え方が奥深いなと思います。