「本を読むのが好きで、でも童話とかはあまり読まなかった。最初からもう小説ばかり」(撮影:岡本隆史)
〈発売中の『婦人公論』6月号から記事を先出し!〉
演劇の世界で時代を切り拓き、第一線を走り続ける名優たち。その人生に訪れた「3つの転機」とは――。半世紀にわたり彼らの仕事を見つめ、綴ってきた、エッセイストの関容子が聞く。第29回は俳優の長塚京三さん。子どもの頃から本を読むのが大好きだったという長塚さん。進学先に演劇科を選んだのは、ちょっと毛色の変わった学部に行ってみようかなという理由だったそうで――。

どこか遠くへ行きたくて

折り目正しく物静かな知性派、大人の俳優、という役どころのイメージそのままが、今回初対面での印象だった。

早稲田大学演劇科在学中に、突然思い立ってパリの大学に留学する、など普通では思いもよらない行動について、かねて伺ってみたかったし、最近の日仏合作映画、ジェラール・ドパルデューと共演した『UMAMI』(日本公開未定)についても大いに興味をそそられる。

――子どものころはとても役者になるなんていう家庭環境ではなかったです。父は技術屋の人間で、僕は一人っ子だったので甘やかされて育ちました。

本を読むのが好きで、でも童話とかはあまり読まなかった。最初からもう小説ばかり。親戚からいただいたスコットランドの作家バリーの『ピーター・パン』が好きで……大人にならない少年の話ですよね。自分の幼年時代に回帰したようで、今も好きです。

その意味では夏目漱石の『坊っちゃん』にしてもまぁ同じですね。僕は漱石だけは今でも「漱石先生」って呼ぶくらい、尊敬しているんです。

家の近くの自由が丘に映画館がたくさんあって、ジョン・ウェインの『駅馬車』とか、西部劇が好きでしたね。でも日活でも東映でも、何でも観てました。