「レッスン中に私が脳梗塞を起こしたときは、生徒さんがすぐ病院へ連れていってくれて大事に至らずにすみました。乳がんの手術後に右手がパンパンに腫れたときは、接骨院の方がリンパの滞りが原因だと気づいてくれて。周りの人に恵まれていて、感謝しかありません」
手術で体が弱っていた服部さんにとって、バリアフリーの床や手すりが大いに役立った。
「わが家は1階なのですが、床に断熱材を入れたおかげで底冷えしなくなりました。夫のためのリフォームでしたが、自分の健康にも役立っています」
かつて介護ベッドのあった広いリビングには、大きなダイニングテーブルがあり、明るい窓辺には鉢植えが置かれている。時々息子たちと食事をともにするのも楽しみのひとつだ。
「いまは食器棚と食卓の動線が悪いので思案中(笑)。新しく買った家具はなく、すべて再利用。お茶類を入れる台所の棚は息子の2段ベッドの引き出しでした。テーブルも息子が作ったもの。何かほしくなっても、『どこに置くの?』から始めるので、結局買うことができません(笑)」
ものを増やさないために、デジタル機器も活用しているとか。アルバムの写真は、時間があるときにパソコンに取り込む。
「パソコンの使い方などは詳しい知り合いに教わって。音楽はスマートスピーカーで聴いています。スマホで語学アプリの《Duolingo(デュオリンゴ)》を使って、ゲーム感覚で英語学習を始めたらハマってしまって。でも、しゃべるのに喉を使いすぎてやめました」
現在、少し心配しているのが声の調子というが、「そこも私は能天気ですから、積み重ねてきた経験とスキルでどうにかならないか、と工夫しています。試行錯誤するのが面白くて」。
そうして日々練習を重ねながら、今後の目標にしているのが、作曲家・山田耕筰が残した童謡100曲から隠れた名曲をピックアップしてリサイタルで歌うことだという。
「あの時代の童謡は素晴らしいんです。懐かしい情景を歌に込めて、いつかみなさんにお届けする日を楽しみにしています」
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仕事を離れても、介護や病気で休むことがあっても、年齢にとらわれず、「自分にいまできること、自分がしたいこと」をとにかく始めてみる。山下さんと服部さんの軽やかな挑戦に、たくさんの勇気をもらった。