原稿を書く意欲がすっかりなくなってしまい、ハルは階段を下りる。頭のなかには、幼い日からかかえてきた母や濱田(はまだ)家への鬱屈した思いと、小鈴への深い愛情が渦巻いていて、すぐには気持ちが落ち着かなさそうだ。

 一階の台所の大きなテーブルの前で、先に食べるといっていた玉蘭が退屈そうに新聞を広げていた。廃業したレストランの設備がそのまま残った、二人暮らしには不釣り合いと思えるほど広くて立派な文化台所を玉蘭はいたく気に入っていて、時間があるときはいつもこの場所でくつろいでいる。

 ハルの顔を見た瞬間、タイワンヒメツバキの白い花が開くような、かわいらしい笑みを浮かべた。

「今夜は、肉臊と肉松(バァソン)のあいがけごはんね」と玉蘭はどんぶりいっぱいにごはんをよそって、そこに台湾風肉そぼろである肉臊と、肉でんぶとでもいうべき肉松を豪快にふりかける。

「あのね、相撲取りじゃないのよ!」

 そんなふうにいいながらも、肉臊の深い旨みと、肉松の凝縮された甘みでごはんは一気にすすんで、ハルは少しだけ照れ笑いを浮かべながら、おかわりした。

(続く)

この作品は一九三〇年代の台湾を舞台としたフィクションです。
実在の個人や団体とは一切関係ありません。