ハルは、できるだけ簡単ないいまわしを意識しながらシャオリンに話しかけた。
「どうして、学校じゃなくて、ここで勉強してるの?」
「学校はだめ。仕事があるの」
「勉強好きなの?」
 シャオリンはとんでもないといった様子で首をぶんぶんとふって、好きじゃない、と答える。しかし、教科書からは目を離さない。おそらく、まだ読めない文字も多いのだろう。眉間に皺を寄せて、それでも必死に食らいつくようにして教科書を読んでいる。
 ハルはどうしてもその動機が知りたくなった。昨日、八百屋のベンチから偶然少女の姿を見たときに、そこになにか語られるべき物語があると感じた。記者の直感といえるほどの経験はない。それでも、ひとよりは波乱に満ちた人生のなかで、ただならぬ気配のようなものにはずいぶん敏感になった気がする。あるいは、老人から教科書を必死で取り返したシャオリンの強いまなざしにすっかり魅了されてしまったのかもしれない。
「あなたがどうして教科書を読んでるのかどうしても知りたい! 書くのはあたしの仕事だから、もちろん無料でとはいわない。あたしのできることならなんでもする」
 シャオリンは少し考えてから、不敵な笑みを浮かべた。
「卵、みんな買ってよ」