今生の別れに「あの歌で、貴子と決めた……」

無事に探し当てた歌碑のなかから、ドラマにも登場する歌人のものを、いくつかご紹介しましょう。

まずは、ヒロイン・紫式部の歌碑のある「長神の杜(ちょうじんのもり)」地区へ。常寂光寺と二尊院の間という立地ですが、入口が目立たないせいか、ここはいつも閑散としています。怖いぐらい誰もいない、と言っていいほど。なかに入れば、紫式部の歌碑(57番)は比較的見つけやすいと思います。

この地区には、前回(本連載12回)紹介した曽祖父・兼輔(中納言兼輔)の歌碑もあるのですが、注目したいのは、儀同三司母の歌碑(54番)。ちょうど紫式部の向かい側あたりに位置しています。

儀同三司母って誰? 『光る君へ』に出てないよね? と思った方もいるのでは。儀同三司母という呼び名ではピンとこないかもしれませんが、実は、この女性は高階貴子。道長の兄・道隆の妻で、伊周や定子らの生母です。ドラマでは板谷由夏さんが演じていました。儀同三司(ぎどうさんし)とは、伊周が自称した准大臣の異称で、伊周のことを指すそうです。

「忘れじの 行く末までは かたければ 今日をかぎりの 命ともがな」 

あなたが私のことを忘れないとおっしゃったその言葉も、遠い未来まで守られるとは信じがたいので、今日までの命であってほしい、といった意味。いっそ、幸せの絶頂の今、死んでしまいたい、という女心です。のちに夫となった道隆が、貴子のもとに通い始めた頃に交わした歌のようです。

儀同三司母(高階貴子)の歌碑
道隆の妻・儀同三司母(高階貴子)の歌碑

『光る君へ』にこの歌が登場したのは第17話。井浦新さん演じる関白・道隆の最期が描かれた回でした。

息が絶える前、道隆は思い出話を始める。「そなたに会ったのは、内裏の内侍所であった。スンと済ました、おなごであった」。その言葉を受けて、貴子はこう返す。「道隆様は、お背が高く、キラキラと輝くような殿御でございました」

道隆は続ける。「忘れじの 行く末までは かたければ 今日をかぎりの 命ともがな……。あの歌で、貴子と決めた」 

きらめくような若き日々を語り、道隆は貴子に見守られて逝く。息子に権力を継がせるため、強引なこともしてきた道隆ですが、散り際の夫婦愛には泣かされました。