イメージ(写真提供:写真AC)
状況はさまざまだが、誰もがいつかは家族との別れを経験する。大切な人を亡くしたとき、その喪失感をどう乗り越えたのか。清水さん(仮名)は最愛の息子を亡くしーー

周囲の言葉が胸にささり…

「あの子が自分よりも先に死ぬなんて、思ってもみませんでした。親ならば、みんなそうですよね」

広島県に住む清水光代さん(69歳・仮名)は、8年前に息子の昌也さん(仮名)をがんで亡くした。享年36。昌也さんは地元の高校を卒業後、東京の大学へ進み、そのまま東京の会社に就職。結婚はしておらず独身だった。

光代さんは昌也さんが就職した翌年、夫をがんで亡くしている。子どもは昌也さんの下に長女がいるが、その娘も嫁ぎ、光代さんは一人暮らし。昌也さんは母親を気遣ってか、盆正月の休みには、たとえ短い日数であっても帰省し、元気な顔を見せていた。

「その息子から『肝臓に腫瘍があるので、入院して手術する』と電話があり、すぐに上京したんです。手術後、医師から『余命3ヵ月』と告げられたときは、『まさか』と、現実感がありませんでした」

その後、昌也さんはいったん退院したものの、医師が予測した通りの経過をたどり、亡くなった。

「息子が死んだあと、みなさんの言葉が胸にささりました。『子どもが親より先に死ぬなんて、あってはならない』『逆縁は親不孝』。でも、あの子は好きで親より先に死んだわけじゃない。私を悲しませはしたけれど、親思いのいい息子だったし、あの子のおかげで私も亡くなった夫も、幸せな思いをたくさん味わうことができたんです。

『まだ若いのに、かわいそう』『心残りがいっぱいあったろうに』という言葉にも落ち込みましたね。そうか、あの子は人生を十分に楽しむことができないまま死んだのだ。不幸な子だったんだ。産んだ私の責任だと思って、自分を責めました」

そんなとき、光代さんは自宅を訪れた友人に、「あれ、見た?」と聞かれる。何のことかと思えば、座敷の棚のそばに掛けてある月めくりのカレンダーのことだった。仏具店が得意客に配ったもので、友人の家にも同じものがある。

昌也さんが亡くなった4ヵ月前でストップしたままのカレンダーをめくってみると、今月の言葉としてこうあった。「人生は長さではない。深さである」──。

「これまで何度も耳にしたことのあるこの言葉に、このときはハッとしました。心に沁みたというか。そう、息子が生きた時間はほかの人たちよりも短いし、家庭をもち子どもの親になることも叶わなかったけれど、あの子なりに36年の人生を精いっぱい生きたのなら、それでいいと思えたんです。そう信じたいと……」