弱くて臆病な父は、哀れな道化だった

父の体からは、いつも饐えた臭いがした。私は、その臭いが嫌いだった。父はアルコール依存症を患っており、酒を飲まずにはいられない人であった。酒を飲んでおらずとも、普段から無駄に声が大きく、自分が勝てる相手と見れば上から目線で物を言う。その有り様は、酒を摂取した途端に手がつけられないほど酷くなった。

そんな父は、近所の飲み屋でも悪い意味で有名で、大勢に嫌われていた。どのくらい嫌われていたかというと、学校帰りに「お前の親父、迷惑なんだよ。どうにかしろよ!」と知らない大人にいきなり恫喝されるくらいには疎まれていた。今思えば、まだ子どもだった私にそれを言う相手もまた、「迷惑」以外の何者でもない。ただ、父の言動や行動がどれほど周囲を不快にするものかを知っているので、その人も腹に据えかねた結果の行動だったのだろうと思う。

しかし同時に、父は市職員でもあり、警察の生活安全課や市議会議員とのつながりを持っていた。また、広報活動や地区の行事には積極的に参加し、学校のPTA活動にも熱心だった。そうやって埋められていく外堀を眺めながら、私は何もかもを黙っていた。当時の私にとって「大人」は、「信用していい人間」ではなかった。

「俺にはヤクザの友達がいる」が父の口癖だった。「自分の一言で動く人間が大勢いる」と宣うわりに、本当にヤクザの友達と父が一緒にいる場面を見たことがない。周囲が怯える言葉を使い、反社の人間とのつながりを誇示し、自分という存在に恐れをなすよう仕向ける。しかし、そうやって必死になる父の姿は、実に哀れで滑稽だった。当時から私は、父の嘘に気付いていた。父が本当は、とても弱い人間であるということにも。まるで道化のようだと思った。自分の弱さを必死に隠し、小さなものをどうにか大きく見せようとする哀れなピエロ。