『マチネの終わりに』著◎平野啓一郎

 

説得力のあるキザな台詞

恋をすると、ついカッコつけて、後で恥ずかしくなることがある。「死ぬ気で恋する?」など太宰治の生前の言葉も登場する蜷川実花監督の映画『人間失格太宰治と3人の女たち』では、出演した沢尻エリカさんは舞台挨拶で、「(台詞を)ちょっと笑っちゃう」と率直に語っていた。しかし、このキザな台詞がギラギラ輝くのが文学であり、名画であり、小栗旬演じる太宰治は、なかなか決まっていた。

さて、3度会っただけの大人の濃密な愛を描く『マチネの終わりに』でも、極上のキザな台詞がある。恋に落ちた女性ジャーナリストにパリで再会する場面で、ギタリストの蒔野(まきの)は、こう語るのだ。「地球のどこかで、洋子さんが死んだって聞いたら、僕も死ぬよ」。

この下手をすればドン引きされそうなシーンが、原作でも福山雅治主演の映画でもきわめて説得力をもつのが本作の魅力で、2016年に刊行された単行本は21万部、19年6月刊の文庫も34万部を突破した。

本作のもう一つの魅力は、二人の運命を変える恋という魔物が、独占欲という恋愛のもう一つの魔物によって引き裂かれ、二人がそれぞれ別の人と結婚し、子まで生まれてしまうことだ。しかし、ここで終わらないところが小説の力、愛の力で、ラストには鮮やかなエンディングが待っている。

キーワードは、蒔野が洋子と最初に会った時に語る台詞である。「人は、変えられるのは未来だけだと思い込んでる。だけど、実際は、未来は常に過去を変えてるんです」。

結婚という過去を、彼らはどう乗り越えていくのか。その未来の選択のさまは、愛というものの愛(いと)おしさと愛(かな)しさを教えてくれる。

 

『マチネの終わりに』
著◎平野啓一郎
毎日新聞出版 1700円、文春文庫 850円