若かりし頃の父。母のおかげですこぶる快適に暮らしていました(『あの世でも仲良う暮らそうや 104歳になる父がくれた人生のヒント 』より)

母は完璧なスーパー主婦だった

それまでの父は、大げさでなく本より重いものを持ったことがなかったと思います。力仕事も含め、すべて母がやっていましたから。

たとえば私が小さい頃、ウチは五右衛門(ごえもん)風呂でしたが、燃料の薪(まき)割りから風呂焚(た)きまで、すべて母の仕事でした。

父が一番風呂に入ると、母が背中を流してあげます。湯上がりには母の用意した着替え一式を、父は順番に着ていくだけ。着るものも下着まで全部母の手作りで、どれもが小柄な父にピッタリでした。

父からすると、自分は何もせずに座って本を読んでいるだけで、生活は何の支障もなく、つつがなく回っていたのです。言葉を変えれば、それだけ母が完璧なスーパー主婦だったということです。

そんな母は当然、私の憧れでした。話もおもしろい人でしたから、私は帰省しても母とばかり喋り、おとなしくて存在感の薄い父のことはほとんど無視でした。「お母さん、頼りになるわあ」と思った経験は山ほどありますが、「お父さん、頼りになるなあ」は一度もなかったと断言できます。