女性
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連載「相撲こそわが人生~スー女の観戦記』でおなじみのライター・しろぼしマーサさんは、企業向けの業界新聞社で記者として38年間務めながら家族の看護・介護を務めてきました。その辛い時期、心の支えになったのが大相撲観戦だったと言います。家族を見送った今、70代一人暮らしの日々を綴ります

謎に見えない行動

その女性は、毎日うつむきがちにオフィスに入って来て、「おはようございます」と言った。

彼女の仕事は経理。まだ、パソコンで経理をするような時代ではない昭和のことである。彼女は帳簿を広げ、電卓で、時には得意の算盤で仕事をしていた。

午前10時になると、彼女は「銀行に行ってきます」と言い、うつむいてオフィスを出て行った。オフィスビル、銀行、百貨店が大通りに並んでいた。彼女が遅く帰っても、銀行が混んでいたのだろうと誰も不思議に思わなかった。

しかし、戻ってきた彼女はうつむいてはいず、真っすぐに前を向き「ただいま」と言った。それを気にする社員はいなかった。

昼休みになると、一人暮らしの彼女は自分の作った質素なお弁当を一人で食べた。

時には素早くお弁当を食べ、寒い時に着るカーディガンをロッカーから出して、普段かけない眼鏡と共に、百貨店の紙袋に入れて出かけた。

午後1時少し前に彼女はオフィスに戻り、紙袋には百貨店で無料で配られた試供品や粗品がいくつか入っていた。バブルがはじける前、百貨店では売り場やイベント会場で、手提げのバッグ、ポーチはもちろん、大きなお皿や素敵なデザインのコップなど、良いものを無料で来店者に渡していた。

昼休み、彼女がいない時に会社に来た取引先の男性が言った。

「僕は結婚を早まった。彼女は独身なんですってね。僕の理想のタイプ。おとなしくて、日本的美人だ」

その場にいた社員たちは、大声で笑った。