痛みを知っている人

一方で、ではメンタルのバランスを崩す人が表に立つ仕事が向いていないのかというと、そうでもない、と私は思う。実際休養から復帰し、再び第一線で活動している人はたくさんいる。私が好きな芸能人も、過去にメンタルのバランスを崩した経験を持つ人は何人かいる。また、作家でも、私が好きになる人は本当に全員と言っていいほど、何かしらのメンタルの問題を抱えている。繊細さや心の柔らかさが、表現の豊かさに繋がる部分があるからなのではないか、と思うのだ。

イメージ(写真提供◎Photo AC)

今年、初の紅白歌合戦出場が決まり、今人気が急上昇している歌手の「こっちのけんと」もそのひとり。うつ病になった過去を公表しており、その経験から作られた曲「死ぬな」は、聴いていると、なんだか涙が出てくる曲だ。「生きることは素晴らしい」とか、そんな綺麗事が描かれているのではない。「死ぬな」「現世(こっち)で遊ぼう」など、ストレートで、絶望を見た人だからこそ絞りだせる言葉の数々が綴られており、なんとも胸に刺さるのだ。

https://www.youtube.com/watch?v=bnkuWjzcgOI

本当に痛みを知っている人だからこそ作り出せるものがあるし、今苦しみの渦中にいる人に届く言葉を伝えられるのではないか。

感受性の豊かさや柔らかい心は、感情表現をするアーティストには必要なものだと思う。でも、それらは、いいものだけではなく、人の悪意にも反応してしまう。常にごきげんで精神状態が一定というのも、確かに強さなのかもしれない。しかし、そういう人は、そもそも色んなことに鈍感という場合もある。メンタルが強い人、と言われる人は、他者の感情に鈍感で、感受性が鈍いということも往々にしてあることだ。色んなものへの鈍感さはアーティストにとってはむしろマイナスだと思う。鈍感さではなく、気持ちが落ちた時に戻す力こそ本当の強さなのではないか、と思うのだ。