『私小説 from left to right』『本格小説』『母の遺産 新聞小説』と題した著書を持つ水村美苗さん。12年ぶりの今回の長編小説は『翻訳小説』にしようと思っていたと語ります。『本格小説』に続き、軽井沢を舞台とした理由は――。(構成:内藤麻里子 撮影:堀口豊太)
日本文化のきらめき
『大使とその妻』は12年ぶりの小説になります。英訳者との共同作業が途中に入ったのもありますが、毎回、思いのほか、時間がかかるのです。本当に寡作で。(笑)
主人公は日本に住むケヴィン・シーアンというアメリカ人です。これまで『私小説』『本格小説』など日本近代文学の歴史を意識した小説を書いてきたので、今回も最初は《翻訳小説》にしようかなどと思っていました。翻訳文学は日本近代文学が成立するうえで大きな歴史的な意味をもっていますから。
すなわちケヴィンがある日本人夫婦について英文で書き、それを日本語に訳したという小説。でもじきに頭がごちゃごちゃになってうまくいかなくなって、結局、彼が日本語で書いているという設定に変えました。
とたんに書きやすくなり、同時に、以前出した『日本語が亡びるとき』という本とテーマがつながってきたんです。これは英語が世界で共通語として使われるなかで日本語のあり方を問う評論集。
しかも私は親の仕事の関係で1963年、12歳の時に渡米し、20年後に帰国するまで長くアメリカで暮らしました。成長期を外国で過ごしたせいか、どうしても日本を外から見てしまうのです。そんな私にとって、「日本語が書けるアメリカ人」という設定はしっくりくるものでした。