1966年に静岡県で味噌製造会社の専務一家4人が殺害された事件の犯人とされ死刑が確定していた袴田巖さんが、この秋の再審で無罪を勝ち取った。長すぎた闘いの陰には、早くから弁護団に参加し、無実の罪を雪ぐため全力を尽くした二人のベテラン女性弁護士がいた。長年、同事件を取材してきたジャーナリストが詳報する(取材・文・撮影:粟野仁雄)
58年の思いが結実
9月26日夕刻、静岡市民文化会館でマイクを握った91歳の袴田(はかまだ)ひで子さん。百万ドルの笑顔がはじけた。「裁判長さんが『主文、被告人は無罪』と言った時、神々しく見えました。感激するやら、嬉しいやらで1時間くらい涙が止まらなかった」。
ひで子さんは、弟の「死刑囚」袴田巌(いわお)さん(88歳)を支え続けた。裁判の「主役」たる巖さんは、長年死刑執行の恐怖にさらされた影響で拘禁反応があり、意思の疎通が難しい状態。出廷を免除され、公判には一貫して姉のひで子さんが代理出廷してきた。
報道特別枠が認められた筆者は歴史的判決を傍聴席で聞いた。午後2時、ひで子さんを証言台へ促した静岡地裁の國井裁判長は、「主文、被告人は無罪」と宣告。深くお辞儀したひで子さんは涙を浮かべて弁護士たちと握手を交わす。着席後もハンカチで涙を拭っていた。
國井裁判長は判決言い渡しを終えると、再びひで子さんを証言台へいざない、簡単な判決内容と、検察が控訴する可能性について伝えた。判決文では、事件の1年以上後に警察が味噌タンクから見つけたとする犯行時の着衣5点と、巖さんの実家から発見したとされたズボンの共布、当時の検事による自白調書の3つを「捏造」と断定。踏み込んだ内容だった。
3日後、静岡市内の報告集会に現れた巖さん。「待ちきれない言葉でした。無罪勝利が完全に実りました」と語り、「ありがとうございました」と締めくくった。10月8日に検察が控訴を断念し、無罪が確定。ひで子さんは、「巖が死刑囚でなくなることがとても嬉しゅうございます」と微笑んだ。