お別れの挨拶に代えて配布した、水彩画と原稿のセット。中尾さんにとってヴェニスは特別な場所で、何度も描いてきたという。原稿は自前の原稿用紙7枚に、万年筆でしたためられていた

してやったりの顔が目に浮かぶ

大切な人を見送れば、気持ちの整理に時間がかかります。今日お話ししたことはあくまで私の経験談であって、うんと悲しんだほうがいい方もいるでしょうし、新しいことをはじめて元気を出す方もいるでしょう。全然落ち込まない! という方がいてもいいと思います。

私もまもなく70ですから、いまは仕事をバリバリ頑張るより、あと1年くらいは彬のものをゆっくり片づける時間にあてたいと考えています。

洋服は夏物に入れ替えてあったので、亡くなったときは季節に合ったものを着せて送ることができましたし、残ったものは親しい方にもらっていただきました。冬物も、背格好の似たあの人がもらってくれるかな、と考えながら少しずつ整理をしています。

蔵書もまだかなりの量がありますが、手に取るとつい読んでしまうのよね(笑)。全然先に進まない。そうして書斎を片づけていたら、彬が描いたヴェニスの風景の水彩画と、自前の原稿用紙に書かれた直筆の原稿を見つけました。若いころにヴェニスを旅した日記が引用された短い随筆です。

絵も原稿も、依頼があれば必ず私に言うし、完成したら見せて感想を求める人だったのに、これははじめて見るものでした。ただ彬は水彩画の個展を開こうと考えていて、そのために作品を描きためていました。たぶんこの絵は、闘病中に描いたんでしょう。原稿はパンフレットか会場の入り口に置く文章として書いたのかもしれません。

私はこの絵と原稿を印刷して、葬儀にお呼びできなかった方に、お別れのご挨拶としてお渡しすることにしました。手書きの文字はその人を表すものでもあり、皆さん、とても喜んでくださって。電話で泣きながら、思い出を語ってくれた学友もいました。

実はそのご縁で、彬の出た(現在の)木更津高校の同窓生の集まりに交ぜていただくようになったんです。皆さんのお名前やエピソードくらいは聞いていましたが、これまで一度もお目にかかったことがなかったのに。面白い縁もあるものですよね。

あの世代の県立高校を出た方たちだけあって、かっこいいお姉さんも多くて。LINEで繋がったり、お手紙をいただいたり、元文学少女もいるから、「お目にかかる前に、この本とこの本は読んでおかないと!」と、思わぬ刺激になっています(笑)。

もちろん全員彬と同い年ですけど、私は早くにこの業界に入ったこともあって、年上のお仲間に入れてもらうのは居心地がいいんです。

でもそれって、結局話題の中心に彬がいるわけですよ。私が楽しんでいるつもりでも、「俺のこと忘れるなよ」って言われているような気もします。そんな、してやったりの顔を想像して、悔しいような切ないような気持ちで、いまを過ごしています。