外科医が目で見て区別するもの

「先生は手術中に何を考えながら、手術をしているんですか? 手術で一番大事なことは何ですか?」

「……早く終えること。血を出さないこと」

千里は、それはそうだと思った。

「では、どうするか? 血管は縛ってから切る。そうすれば血は出ません。でも手術野に見える索状物が、血管なのか、神経なのか、結合織(線維成分や脂肪のスジ)なのか、それを見極めるって難しいんです。結合織なら、電気メスで焼き切ってしまえばいい。でも血管を切ると出血します。だから縛る。この判断を誤ると血が出ます。血が出れば手術が長引きます。縛る必要のない結合織をいちいち縛っていたら、これも手術が長引きます」

(そうか、手術ってそこまで考えてやるものなんだ)

千里はこれまで手術を一生懸命見てきたつもりだったけど、それでは足りないことに気づいた。外科医は切っていいものと、縛るものを目で見て区別している。自分も区別できなければ、適切な器械をすばやく出せない。

「ところで自治医大はどうでした?」

「はい。勉強になりました」

「あれはうちの部長があなたを推薦したんですよ」

「え、そうなんですか!」

なぜだろう。3南病棟で一緒に褥創の処置をしたときに、気に入られたのだろうか。自分をなぜ買ってくれたのか分からない。元気に「ハイ! ハイ!」と返事していたのがよかったのかもしれない。