わずか数年で版元になれた理由

安永4年7月、重三郎はそれまでの吉原細見の小売取次者の地位から、突如出版者に転じて、最初の吉原細見『籬(まがき)の花』を出版する。

重三郎が小売商からわずか数年で、このような細見版元になれたのには、実は訳があった。

『新版 蔦屋重三郎 江戸芸術の演出者』(著:松木寛/講談社)

吉原細見出版の独占版元・鱗形屋孫兵衛が、この年5月手代が引き起こした重板事件に巻き込まれ、訴訟を受ける羽目となったのである。

そのためであろう、鱗形屋は秋に出版すべき吉原細見が刊行できない状態に追い込まれた。