みなさんが思うほど我慢して修行をしているわけではありません
僧侶になるという目標がない人が、僧侶と修行をすれば、我慢できずに三日坊主がいいところでしょう。
ですから、我慢しなければならないと思ったときは、自分はどんな目標を達成するためにこの我慢をするのかを考えればいいのです。
家庭が円満であるようにという目標があるかもしれません。将来安心な暮らしができるようにという目標があってもいいと思います。
その目標を明確にすれば、我慢は苦ではなくなります。逆に、目標がなければ、我慢などする必要はありません。
否、目標がなければ、そもそも我慢はできません。目標のない小さな子どもが我慢できないのは、当たり前なのです。
日常で心得ておきたいのは、我慢には2種類あるということです。1つは、目標達成のために、やりたいことを我慢する。もう1つは、目標達成のために、やりたくないことを我慢してやる。
したほうがいい我慢はこの2つだけです。目標のない我慢、そんな我慢はしまってしまいましょう。