(写真はイメージ。写真提供:Photo AC)
現在放送中のNHK大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』。横浜流星さん演じる主人公は、編集者や出版人として江戸の出版業界を支えた“蔦重”こと蔦屋重三郎です。重三郎が生まれ育った吉原とは、どんな街だったのでしょうか?今回は、書籍『べらぼうに面白い 蔦屋重三郎』をもとに、重三郎マニアの作家・ツタヤピロコさんに解説をしていただきました。

吉原の町並み

天明期の吉原は、情報の発信基地であり、江戸随一の観光スポットでした。その町並みについて具体的に説明していくことにします。

幕府が吉原をつくった理由は大きく分けて三つあります。一つは、何か問題が起こったときに、取り締まりをしやすくするため、二つ目は、吉原側から税金を徴収しやすくするため、三つ目は、普通の人たちが住む世界とは違うと「隔離」するためです。

吉原の町並みは、この三つ目の隔離という意図に基づいてつくられました。そのため、周囲は、堀で囲まれていたし、出入り口は一つだけだったのです。

ここは、別世界ですよ。異界なんです。そのことが外部の人間にも内部の人間にも伝わりやすいように設計された街だったのです。