モルフォ蝶の標本

この年11月2日、兄貴は京王プラザホテルで結婚式を挙げた。プロレス界のスターと人気女優の結婚とあって、仲人は三菱電機の大久保謙会長夫妻がつとめ、新聞は「1億円挙式」と書き立てた。

私が母に声をかけた。

「兄貴って有名になったんだな」

母は、引き出物に用意されたモルフォ蝶の標本を見つめながら、こうつぶやいた。

「そうね。寛至は頑張ったのよ」

モルフォ蝶はブラジルに生息する大型の蝶で、その青く美しい羽は蒐集家たちの間で高い人気がある。引き出物に自身の「原点」を込めた兄貴のメッセージは、母の心に響くものがあったのだろう。

※本稿は、『兄 私だけが知るアントニオ猪木』(講談社)の一部を再編集したものです。


兄 私だけが知るアントニオ猪木』(著:猪木啓介/講談社)

アントニオ猪木がこの世を去って2年半――。

これまで沈黙を貫いてきた実弟・猪木啓介がいま、「人間・猪木寛至」のすべてを明かす。