アリ戦の意味

「時はすべての裁判官だ」

生前の兄貴はアリ戦について聞かれるとよくこう語っていたが、その言葉の意味をくみ取れば、この試合の収支決算は「大きなプラス」だったということになるのだろう。

このアリ戦が決まったとき、私がすぐに思い浮かべたのはカール・ゴッチとの旗揚げ戦だった。試合に負けても、必ずそれ以上に輝く何かを見せるのがアントニオ猪木の真骨頂だ。

自分が勝つことだけを第一に考える人間が、アリと戦うことなどできるはずがない。兄貴にとってアリ戦の意味は、最初から勝敗とは別のところにあったはずで、試合開始のゴングが鳴った瞬間、私は兄貴の勝ちだと思っていた。その気持ちはいまでも変わらない。

※本稿は、『兄 私だけが知るアントニオ猪木』(講談社)の一部を再編集したものです。


兄 私だけが知るアントニオ猪木』(著:猪木啓介/講談社)

アントニオ猪木がこの世を去って2年半――。

これまで沈黙を貫いてきた実弟・猪木啓介がいま、「人間・猪木寛至」のすべてを明かす。