万引きを描くことで感じた、罪悪感と正義感のせめぎ合い
――万引きに焦点をあてた理由はなにかありますか?
夕方のニュース番組で何度か「万引きGメン」の特集を観たことがきっかけです。番組の中で万引き犯と万引きGメンの攻防であったり、万引きを咎められた時の反応に引き込まれて、自分は当事者ではないけれど、罪悪感と正義感がせめぎ合うような感覚を覚えました。
犯人が、万引きGメンや店員に促されて、万引きしたものをテーブルの上に載せていく時、万引きした品数が多いとその大胆さに驚いたし、逆にポケットに忍ばせておいたグミや飴が1、2個出てくるだけだと、たったこれだけを万引きしたがために……とどこか滑稽にさえ思えてくるんです。
でも、とった物の量や質は、実際には当事者にとってあまり関係のないことかもしれない、物の価値というより、万引きという行為自体に価値を見出しているかもしれないと感じたのが、物語が生まれたきっかけでした。
――執筆のために取材はされましたか?
モデルにしたスーパーに何度か足を運びました。そこで小説の場面を想像しながら主人公と自分とを可能な限りリンクさせていくと、何か思考自体が停滞していくような感覚をおぼえたんです。自分の意思のもとに行っているというよりは、スーパーという空間それ自体が、自分を扇動しているような気さえしてくる。
だから、小説の中では強い目的意識やその行為に至るまでの具体的な背景を書くというよりも、意識と無意識の狭間にあるような抽象的な思考の流れを描けたらと思っていました。そこから、後半で夢遊病のように現実と妄想の境界が曖昧になっていくシーンにつながったと感じています。
――万引きを描くということに難しさを感じることはありましたか?
頭で考えていたよりも実際には難しくて、結構難航しました。物語なのである程度起伏が必要だけれど、万引きは場所が変わっても行為自体にそこまで大きな変化がないので、場面として立ち上げた時に、単調になりやすいんです。感情の面でも、常習性が出てくると、スリルを得られるのは一時的で、緊張状態や興奮、恐怖や不安が恒常的に続くものではない。
しかし、「バレない」という成功体験を言葉で説明するのではなく場面として描かないと、後々の幸子の大胆な行動への説得力がなくなる。それで、読み返した時に、どうしても冗長だと感じた部分は大きく削ったりして、当初考えていたよりも短いお話になったと思います。