あなたは「タブレット純」を知っていますか?《ムード歌謡漫談》という新ジャンルを確立しリサイタルのチケットは秒殺。テレビ・ラジオ出演、新聞連載などレギュラー多数、浅草・東洋館や「笑点」にも出演する歌手であり歌謡漫談家、歌謡曲研究家でもあります。圧倒的な存在感で、いま最も気になる【タブレット純】さん初の自伝本『ムクの祈り タブレット純自伝』より一部を抜粋して紹介します。
何かが動き出した夜
あれは暮れも押し迫った頃、じんわりと夜に包まれ、かすみちゃんの寝息がこだまする車内で、運転席の傍ら、携帯電話が震えていた。
薄明かりの画面には「日高ママさん」……マヒナスターズのメンバーであり、今ぼくに歌を教えてくださっている先生の、その奥様からだ。
カラオケ教室は夜には「スナックマヒナ」に早変わりし、そこでママをされている。なんだろう?
お店には、年輩のマヒナファンも訪ねてくるため、マニア同士話も弾むだろうと電話を繋いでもらったり、「飲みにおいで」と度々お誘いをいただくようになっていたので、その呼び水かな。
路肩に車を停め、かけ直してみると、やや興奮した声色の奥様から、明日の夜お店に来れるかと唐突に聞かれた。そして、ためらう間もなく、驚くべき言の葉が受話器から吹き込んだ。
「リーダーが、あなたに会いたいっ言ってるそうなのよ」
マヒナスターズの長、和田弘さんとは、その少し前にお会いしたばかり。生の舞台を初めて目の当たりした日のことだった。
大ファンとはいえ、ずっとターンテーブルに針を落としての「交流」であり、生マヒナを浴びて、ただでさえ胸いっぱいだったのに、日高夫妻と知遇が得られたことで、終演後、楽屋にも通されたのだった。
その時は「へぇ、そんな若いのにマヒナのファンなのかい」と珍しいサルでも見るように目を丸くしたあと、しだいに相好を崩してくださり、舞い上がった禅問答のような束の間の、その余韻にそよいでいたのだが、いったいなんたる続編が?
電話を切り、かすかに震えながらしばし呆然としていると、隣りでかすみちゃんは起きがけのとろんとした瞳でこちらを見ていた。たぶん、何も考えていない、真空管のようなまなざし。
彼女の背後では、米軍基地の巨大な飛行機が、ゆっくりとその羽を滑走路へと棚引かせているのが見えた。