メディア報道でノーシーボが伝染

ノーシーボ効果の例としてまた別の調査がある。トリノ大学医学部の神経科学者が121人の学生をイタリアアルプスに連れて行った。彼らは、グループの約4分の1の学生たちに、山の頂上では空気が薄く、つらい片頭痛を引き起こすのではないかという噂をわざと流した。噂を聞かされた学生たちは、ひどい頭痛を報告したという。さらに口頭での報告だけでなく、頭痛に関連するある酵素の測定値もこのグループで高くなっていた。

この研究のもうひとつの興味深い側面は、「ノーシーボが伝染する」という可能性を示唆したことである。ノーシーボ効果は、何かの潜在的なマイナスの副作用についてメディアが報道した後に、より一般的に起こることがわかっている。

これは、食品、医薬品、携帯電話などのテクノロジーに至るまで、あらゆるものに関係する可能性がある。「健康に有害であるとされる物質に関するメディア報道は、被害をこうむると疑う人々に病気の症状を引き起こす可能性がある」という最近の研究があり警告の声が上がっている。

「認知は結果に影響する」という研究もある。その機構は完全には理解されていないが、高次の脳機能は、特定の神経経路を通じて身体機能を制御することができるということがわかっている。これがどの程度可能なのかは未だ不明だが、しかし、私たちの健康に影響を与えているという認識を持つことは助けになるだろう。

ノーシーボ効果が私たちの体にどの程度の影響を与えるのか、またそれがどの程度、人を実際に死に追いやる可能性があるのかについては今後の研究をまたねばならない。しかし、この理解を拡大し、心の力とそれをどのように活用できるかを理解することは、神経科学が担うべき未来の一部なのかもしれない。

※本稿は、『咒の脳科学』(講談社)の一部を再編集したものです。


咒の脳科学 (講談社+α新書)

なぜ、周りの言葉に苦しむのか?SNSにあふれる呪いの言葉、人を病気にもしてしまう暗示。イケニエを裁く快楽や罰を見たい本能や正義という快感。私たち人間の社会は咒(まじない)でできていると言って過言ではない。言葉には、意識的と無意識的とにかかわらず人間の行動パターンを大きく変えてしまう力があるからだ。今やSNSがひとりひとりを孤立させ、言葉はいっそう先鋭化している。正義や快楽に中毒する脳そのものが、そもそも人間社会を息苦しくする装置です。本書では、言葉に隠された力を脳科学で解き明かし、脳にかけられた咒がどのような現象を引き起こすのかを提示する。