児童虐待の件数増加の背景に

けれども、この考え方だけでは、被虐待の経験のない人でもこうした攻撃を他者に対してすることがあるのはなぜなのか、という説明がつかない。

ハーバード大学の研究グループが2021年に、子ネズミを虐待するネズミで、そのときにだけ活性化する神経回路を視床下部に発見した。オスかメスかには関係なく、この回路は、性フェロモンを受け取る器官などからの入力を受け、視床下部と大脳辺縁系の一部を活性化させる。すると、子ネズミへの虐待が行われる。

この発見が興味深いのは、子ネズミに対する攻撃以外ではこの回路が活性化しなかったという点である。大人のネズミ同士の喧嘩、メスに対するオスの攻撃などでは活性化せず、ストレスに対しても反応しない。

子ネズミを虐待するときにだけ働くこの神経回路は、場所を特定してその部位だけを刺激する特別な方法を用いると、果たして子ネズミへの虐待を人為的に引き起こすことができた。また、その神経の働きを弱める薬品を投与すると、虐待行動は止まったのである。

子ネズミの虐待のためだけに作動する神経回路をネズミが生まれつき持っているということは何を意味するのだろうか。何のためにこのような回路が存在するのか。