子殺しはめずらしくない

生物界では子殺しは決してめずらしいことではない。もちろん人間の世界でも子殺しや育児放棄は起きている。

ライオンやシマウマでは新しいリーダーとなったオスが、自分の遺伝子を残すためにその群れの子どもを皆殺しにする。子どもが殺されないと、メスが発情しないからである。また、リーダーが変わると妊娠中のメスは流産するという種もある。これはブルース効果と呼ばれ、交尾相手以外のオスと接触したり、その性フェロモンに暴露されると起きる。

ネズミの虐待回路が性フェロモンによって活性化されることを考慮すれば、これらは無縁の話ではないのかもしれない。ヒトでも、実子に対する虐待と比較すると、連れ子への虐待は約6倍多いという統計がある。虐待死のリスクは数十倍から100倍にもなるという。

注意しなければならないのは、リソースの不足がこの回路の活性化の誘引とはならないという点だ。豊かな時代、裕福な環境であっても条件がそろえば起きる。むしろ近年の増加数を見れば、豊かさこそが児童虐待の原因ではないか? と思えてしまう。子どもの虐待は人間の性質の一部ではないか?

このような問題提起が、多くの人の否定的な反応を引き起こすのではないかと気がかりな思いもあるが、それが自然なものならなおさら、止めるのもまた人間に本然的に備わる知性という仕組みでもあろう。

※本稿は、『咒の脳科学』(講談社)の一部を再編集したものです。


咒の脳科学 (講談社+α新書)

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