「体を揺さぶらないの」
竹下さんの話し方はきちんとした文脈になっていなかった。
途切れ途切れであり、子どものように単語だけを並べたりし、短く言うことが多かった。
「あれっ、あれっ」
「何? あれって、何っ? はっきり言って」
施設長の吉永さんがちょっと声音を高める。
「この女の言う、あれって決まっているじゃない」
隣の席に座っているイレズミ男の上村さんが口を挟む。彼は卑猥なことを考えている。向かい側の席で、いつもうつむいたままの樋口フジ子さんが、下を見たまま笑っている。彼女は竹下さんが何を欲しがっているか分かっているのだ。
竹下さんは体を揺らし、「あれっ、あれっ」と言いながら手でスプーンを使う真似をした。
夕食のとき、わたしがスプーンを渡し忘れたときだった。
手が震え、みそ汁など手で持って口に運ぶことができないのだ。
「はっきり言って」
「あれっ」
「スプーンでしょ」
「そ、そぅ」
「そうじゃないでしょう。スプーンと言わないと渡さないよ」と言いながら、施設長は厨房からスプーンを持ってきて、そして「はい、スプーン」と渡した。
竹下さんは上体を揺らしながら、「あ、り、が、と」と言う。
すぐにカチャカチャとスプーンと食器の触れる音がし始める。
それからが目が離せない。体を揺らすので、手にした食器も揺れる。ごはんがこぼれる。みそ汁がお椀のなかで波打つ。施設長の吉永さんもはらはらしながら見守る。
「こら、体を揺さぶらないの。揺さぶるならお椀を置いて」
竹下さんが前歯のない口を開けて笑う。
「竹下さんって、ほんと目が離せないね」