「体を揺さぶらないの」

竹下さんの話し方はきちんとした文脈になっていなかった。

途切れ途切れであり、子どものように単語だけを並べたりし、短く言うことが多かった。

(イメージ写真:stock.adobe.com)

「あれっ、あれっ」

「何? あれって、何っ? はっきり言って」

施設長の吉永さんがちょっと声音を高める。

「この女の言う、あれって決まっているじゃない」

隣の席に座っているイレズミ男の上村さんが口を挟む。彼は卑猥なことを考えている。向かい側の席で、いつもうつむいたままの樋口フジ子さんが、下を見たまま笑っている。彼女は竹下さんが何を欲しがっているか分かっているのだ。

竹下さんは体を揺らし、「あれっ、あれっ」と言いながら手でスプーンを使う真似をした。

夕食のとき、わたしがスプーンを渡し忘れたときだった。

手が震え、みそ汁など手で持って口に運ぶことができないのだ。

「はっきり言って」

「あれっ」

「スプーンでしょ」

「そ、そぅ」

「そうじゃないでしょう。スプーンと言わないと渡さないよ」と言いながら、施設長は厨房からスプーンを持ってきて、そして「はい、スプーン」と渡した。

竹下さんは上体を揺らしながら、「あ、り、が、と」と言う。

すぐにカチャカチャとスプーンと食器の触れる音がし始める。

それからが目が離せない。体を揺らすので、手にした食器も揺れる。ごはんがこぼれる。みそ汁がお椀のなかで波打つ。施設長の吉永さんもはらはらしながら見守る。

「こら、体を揺さぶらないの。揺さぶるならお椀を置いて」

竹下さんが前歯のない口を開けて笑う。

「竹下さんって、ほんと目が離せないね」