2009年に裁判員制度が始まり、以前よりは裁判が身近になったとはいえ「自分には関係ない」と思っている方も多いのではないでしょうか。そのようななか、令和6年に再審無罪が確定した袴田巌さんの事件を例にあげ、「日本国民であるあなたは、捜査官が捏造した証拠に基づき死刑を執行される危険性を日々抱えたまま生きている現実を知らなければなりません」と語るのは、元判事で弁護士の井上薫さん。そこで今回は井上さんの著書『裁判官の正体-最高裁の圧力、人事、報酬、言えない本音』から一部引用、再編集してお届けします。
袴田事件の悲劇と、裁判官の怠慢
袴田事件について考えてみましょう。袴田事件は昭和41年に、静岡県清水市(現:静岡市清水区)の民家で発生した強盗殺人・放火事件です。味噌製造会社専務の一家4人が殺害されて金品を奪われ、家に放火されました。そのとき、同社の従業員だった袴田さんが逮捕・起訴され死刑判決が確定しました。
その後、第一審の左陪席の裁判官が良心の呵責に耐えかねて、守秘義務違反をおかして無罪の心証を持っていたことをテレビ番組で告白しました。私は、たまたまこの番組を見ていてびっくりしました。そのインパクトが大きく、後々の展開に注目してきました。
詳しい検討はこれからですが、私は、検察官の犯行時の着衣をめぐる主張・立証とその変遷はあまりに不自然で、社会常識に基づけば、とても有罪に持ち込めるはずもないとの印象です。だから確定審の段階で無罪にすべきだったと思います。
第一審で3人、控訴審で3人、上告審で5人のうち、無罪の心証を抱いた裁判官は前記テレビ番組で告白した1人だけなのでしょうか? 最高裁の裁判官5人は、全員本件犯行は袴田さんがしたと認めています。再審で無罪判決が確定する段階に至るまでの間、当時の裁判官(上記1人以外)は反省の弁を述べていません。この司法の現状に私は暗澹たる思いを禁じえないのです。