ペシコ
・ペシコ――「里山料理」ならぬ「里浜料理」で味わう島原の食
その土地でつくられた食材、さらには風土や歴史や文化そのものがストーリーですが、「そのストーリーにふさわしい語り部」かどうかという点で「説得力」があると、なおよしです。
ペシコの店主・井上稔浩(たかひろ)さんは、長崎県島原市で生まれ、両親が営む鮮魚店で育ったという人物。まずこの点で、文句なしに「有資格者」といえるでしょう。
よく山間部の地域の料理を「里山料理」と呼びますが、井上さんが謳っているのは「里浜料理」。里の浜、つまり故郷・島原で水揚げされた海産物を主に使い、島原の食文化に根ざした料理です。
たとえば、私が訪ねたときの1品目は、「浜辺の散歩」と題した一皿。片口いわしの塩辛をさつまいもに載せて食べる島原の郷土料理が、砂浜を模したあしらいで供されました。料理の下には本物の砂浜の砂が敷かれており、井上さんが幼いころから見ていた砂浜に連れて行ってもらったかのような気分に浸れます。
この象徴的な一品に始まり、すべて地元で獲れたウニ、カキ、オコゼ、タコ、ワタリガニ、アワビと海鮮中心の料理が続きます。
そして最後には、その日にいただいたすべての海鮮でとった出汁にサフランを重ね、さらに天然のアナゴを加えた鍋。ここに至り、まさに島原という地域性を丸ごと味わわせてもらったという至福感に満たされるのです。
その土地に生まれ育った人が、その土地で生産された食材を使って、その土地の文化に根ざした料理をつくる。このように1つも無理がなく、すべてが自然に調和していることほど、贅沢な食体験はないといっても言い過ぎではないでしょう。
「これぞローカル・ガストロノミー」――訪れる人にそう実感させる価値が、東京から飛行機で長崎空港へ、さらに車で約1時間半というアクセスの悪さにもかかわらず、ペシコを予約困難店にしているのです。