いい思いをしたのは弟の妻

F男さんはそのあとから、地下鉄が延伸して実家の近くに新しい駅ができる構想があることを知った。弟の妻が、その噂をいち早く聞きつけていたようであった。

F男さんは「調停は終わりましたが、弟との仲はすっかり悪くなり、もはや他人同然の状態です。延伸となった地下鉄の新しい駅は噂どおり造られて、弟は実家に移り住んで、カフェ兼自宅にしました。駅から近くて通りにも面しているので、カフェにはかなりの客が入っていると友人から聞きました。私のほうは、そちらには全然足は向かなくなりましたね。それと、弟が提出した不動産業者の査定も相場より低いものでした。いくつかの不動産業者に査定を依頼して、一番低い金額のものを出したようですね。今ごろわかったのでは、もう後の祭りですがね」と振り返る。

不動産業者による「査定」は、近隣の取引事例などをベースにした簡易なもので、業者によって差が出ることも少なくない。F男さんは弟が出してきた不動産業者の「査定」の金額をそのまま受け入れたが、不動産鑑定士による詳細な「鑑定」を行なっていれば、金額は違っていたかもしれない。

F男さんは「私の女房は汗をかいて、父親の介護や入院付き添いを一緒になって頑張ってくれました。だけど、いい思いをしたのは、今ではお洒落なカフェのママに収まって涼しい顔をしている弟の妻でしょうね。なんだか人間不信に陥りそうです」と不公平さに納得できない様子であった。

F男さんの場合は実家に価値があったことで、兄と弟が仲違いになってしまったが、逆に実家が価値のない陋屋(ろうおく)やゴミ屋敷だった場合は、所有をしたがらない相続人同士で押しつけ合いの争いになる。解体費用や親の遺品の処分費用を負担したくないのだ。

※本稿は、『介護と相続、これでもめる! 不公平・逃げ得を防ぐには』(光文社)の一部を再編集したものです。

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