他人に馴染めない母親

しかし、新しいデイサービスに通い始めた母親は、今度は3日目にして「やっぱり行きたくない」と言い出した。何とかなだめすかして行ってもらったが、お昼前に「お母さんが気分が悪いと倒れられて、提携先の病院に運びました」と電話が入って、H子さんは急きょ休暇を取って、駆けつけた。医師は「MRIでは、脳にとくには異常は見られないのですがね」と首をひねった。H子さんの目にも、ベッドの上の母親は苦しそうには映らなかった。

家に連れ帰ってじっくり話を聞いてみると「前のところ以上に、嫌なことがある」とポツリと言った。詳しく問いただすと、古くから通い続けているボスのような女性がいて、「今度の新入りさんは、挨拶もできないのね」と、その取り巻き連中とともに、やんわりとイジメてくるというのだ。

H子さんはケアマネージャーに電話をしたが、「そういうことは珍しいことではありません」と面倒くさそうに答えた。そして「あなたは学校の先生をなさっているのですから、イジメや登校拒否への対応は慣れていらっしゃるのではないですか」と付け加えてきた。H子さんは、「デイサービスと学校とでは違います」と電話を切った。

ケアマネージャーを替えてもらおうかとも思ったが、また似たようなケアマネージャーが担当になるかもしれない。それに問題の本質は、他人に馴染めない母親の性格にあるのではないかとH子さんは考え始めた。それまで友だちらしい友だちもおらず、夫と子供の世話に明け暮れた人生を送ってきた。高齢になって障害を抱えたうえで、急に違う世界に飛び込むことになったなら、ストレスを感じても当然かもしれない。

そう水を差し向けると「あんたはわかってくれるんだね。あんな幼稚園児みたいなお遊戯をやらされるよりも、慣れたこの家で自由に暮らしたいんよ」と答えた。脳疾患の影響からか記憶力は減退していたが、感情面は変わらなかった。いや、頼りにしてきた夫を亡くしたことで、以前よりもナイーブになっていた。