姉たちが相続を求めてきて……
母を亡くしたH子さんは、40歳近くになっていた。その年齢で正規の教諭に採用してくれる学校は、公立も私立もなかった。進学塾の講師の職に何とかありついたが、1年ごとの契約更新がされる不安定なものであった。婚活サイトにも登録したが、40歳近いとなるとなかなか良いオファーもなかった。
そして2人の姉から、相続をどうするのかという提起がなされた。母親とずっと暮らしてきた家にH子さんが住み続けるのには異議はないが、不動産価格の3分の1ずつの代償金を支払ってほしいと求められた。
それだけでなく姉たちは、H子さんが母親の年金を生活費に使っていたことを問題にした。母親のために使った分はしかたがないが、H子さんが自分の食費などの生活費に使った分は返却すべきだと言われた。H子さんは「私は母親のために、せっかく正規の教諭になれたのに退職したのよ」と反論したが、「それはあなたの勝手よ。辞める必要なんてなかったはずよ」と聞き入れない。
トラブルを好まないH子さんは、実家を売却することにした。そして自分の相続分である3分の1の売価を、母の年金を使った相当分だとして姉たちに渡した。
実家を出たH子さんは小さなアパートを借りて、塾講師を続けている。教員時代の交際相手だった理科教師はとっくに結婚して、今では学年主任を務めていて教頭候補だ。H子さんは、もう結婚も子供を持つことも諦めた。姉の子供たちは、すくすくと成長して高校入学や成人式を迎えている。その姿を見ると羨ましく思うこともあるが、これが自分の人生なのだと自身に言い聞かせている。
※本稿は、『介護と相続、これでもめる! 不公平・逃げ得を防ぐには』(光文社)の一部を再編集したものです。
『介護と相続、これでもめる! 不公平・逃げ得を防ぐには』(著:姉小路祐/光文社)
著者の実体験をベースに、介護を経験した人たちのナマの声を拾って見えてきた日本の社会構造的な欠陥。
超・高齢社会が進む我が国で、「転ばぬ先の杖」として大事な心構えとは。
核心をつく提言。